大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成元年(オ)1473号 判決

上告人

青木達典

被上告人

株式会社富士銀行

右代表者代表取締役

端田泰三

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由第一点、第二点について

上告人が、原審第二回口頭弁論期日において、原判示の現金自動支払機による支払の際に使用されたキャッシュカードが真正なキャッシュカードであったことを認める旨の陳述をしたことは記録上明らかであるから、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

その余の上告理由について

銀行の設置した現金自動支払機を利用して預金者以外の者が預金の払戻しを受けたとしても、銀行が預金者に交付していた真正なキャッシュカードが使用され、正しい暗証番号が入力されていた場合には、銀行による暗証番号の管理が不十分であったなど特段の事情がない限り、銀行は、現金自動支払機によりキャッシュカードと暗証番号を確認して預金の払戻しをした場合には責任を負わない旨の免責約款により免責されるものと解するのが相当である。原判決は、右の趣旨をいうものとして是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響のない説示部分を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

なお、本訴請求に係る金員は、昭和五六年四月二三日、被上告人及びその提携銀行の設置した現金自動支払機から支払われたものであること、当時被上告人が上告人を含む預金者に交付していたキャッシュカードの磁気ストライプ上には、預金者が被上告人に届け出た暗証番号がコード化されて記録されていたことは、原審の適法に確定したところであるが、所論中には、このようなキャッシュカードについては、市販のカードリーダーをパーソナルコンピューターに接続することにより、暗証番号を解読することができるから、支払システムとしての安全性を欠き、免責約款は無効であるとする部分がある。しかし、所論の方法で暗証番号を解読するためにはコンピューターに関する相応の知識と技術が必要であることは明らかである(なお、記録によれば、本件支払がされた当時、このような解読技術はそれほど知られていなかったことがうかがえる。)から、被上告人が当時採用していた現金自動支払機による支払システムが免責約款の効力を否定しなければならないほど安全性を欠くものということはできず、右の点に関する論旨は採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官藤島昭 裁判官中島敏次郎 裁判官木崎良平 裁判官大西勝也)

上告人の上告理由

第一点、第二点〈省略〉

第三点、

真正なカードが盗用され使用された場合、預金者保護の見地からシステムの安全性を勘案してCD約款の有効性につき判断するに、CD約款が従来よりの印鑑照合取引より移行されているシステムであり約款の形成・形態からも右印鑑照合により形成された理論であることは異を見ないところである。それ故CD取引と印鑑照合システムこそ対比して論じてしかるべきである。CDによる支払いは機械的な暗証番号の一致によって支払が行なわれるものであり、暗証番号の一致により常に支払が完了され常に免責特約が適用され支払が有効となってしまう不合理がある。

すなわち暗証番号の一致のみで注意義務をつくしているとすれば、従来でいえば通帳持参と印鑑照合の一致で事足りるはずであるが、現に右において支払いを請求した者の風采・挙動・応答その他の注意義務が斟酌される。

かような注意義務が同じ預金支払システムであるCD取引の場合に除外されるいわれはなく、人間が介在しない以上一致に至るまでのシステム上、CD機のシステム、暗証番号のセキュリティ確保等に注意義務が課され特約を有効たらしめているのである。

印鑑取引において真正な印鑑を使用した場合であっても観察し、チェックに相当な注意を払わなかったことにより無権限者に支払いを為せば、免責の効果を受けられず免責特約は歯止めされ預金者の保護がはかられている。

CD取引の照合にはCDカードと暗証番号の確認を機械的に行うだけであり従来の窓口による注意義務の存在や過失の存在等は考えられない。

その結果は常に被上告人の免責されることとなり消費者たる上告人は常にその損害を負担することになる。

印鑑照合においては合致のみではなく銀行側が要求される相当の注意を払うべきとされているのに、CD取引においてはカード確認・暗証番号の一致のみですべて免責されるのでは両者の均衡を失うことになる。

右法理論から印鑑照合システムをベースに本件特約の有効性が論じられて来ているにもかかわらず、原判決はCD取引と印鑑取引をあろうことかシステムの本質的相違と切り捨て、何等審理・判断することなく、上告人・被上告人共にこれまで対象外として用いたこともなく、且つそれこそ全く取引の位置付けから法的構成・重大性に至るまで異なるコインロッカー・私書箱、あげくはテレホンカード等とことさら比較検討し、これらとの均衡を判断して本件免責特約を有効と断じていることは暴挙としか云いようがなく、裁判所の独善・専横であって審理不尽はもちろんのこと、社会常規を逸脱し経験則からも認容できない違法があり、破毀はまぬがれないものである。

預金者の保護がカードの存在と暗証番号によって右と比して二重にはかられていると論ずるに至っては、本件訴訟の争点を把握していないとしか云いようがない。

更に原判決は印鑑照合に際しての請求者の観察につき、その実効性に疑義を持っているが、暗証番号の解読の危険性と同一に論じ、右観察に対する相当の注意義務違反が免責を不可とする重要な要件の一つになっているほどである事実を失念しているとしか云いようがない。

第四点、

上告人は免責特約を有効たらしめる要件として、たとい約款に「銀行が印影の符合を認めて支払った場合には免責される」という規定がされていたとしても単なる符合だけでなく「社会通念上一般に期待される業務上相当の注意」をもって符合を確認しなければならないと限定的に解する必要があることを最高裁の判例(昭和四六年六月一〇日言渡・民集二五巻四号四九二頁)によって示したが、原判決は右判例は注意義務の程度を判示したにすぎないもので本件に適用がないとしてしりぞけ、注意義務は機械の性能であるという奇説をとなえるに至った。

加えて原判決は本件は契約締結の自由があるから契約を交した以上カードの保管と暗証番号の秘匿は上告人の責任であり、盗用された場合は免責特約が有無を云わさず適用になると認定した。

原判決の右の態度は判例解釈を歪曲するものであり、又確立した判例法則を無視するものである。

原判決に従えば銀行の支払いに注意義務は一切不用ということになり、印鑑照合取引においても口座を開設した以上印鑑が盗用されれば、不審な請求があったことを承知で被上告人が不審者に支払ったとしても免責特約が適用されることを承知せよというものであり、免責特約の有効性・合理性・妥当性を審理・検討することなく、又最高裁の判例を無視するものであり、判例理論に背き、法律の解釈・適用を誤った違法がある。これらの理由により原判決の破毀をまぬがれないものである。

原判決、第一審判決においてシステムの安全性を論じるとき、預金者がカードを保管するに充分の注意をすれば容易に防げるものであると、預金者にシステムの安全性に対する責任を課そうとする認定がある。

しかしながら印鑑取引の場合、通常の保管において盗用されたとしても、偽造の困難さ、窓口手続での危険と二重のチェックが働き、これ故安全性が担保され、免責特約も有効と解される余地が存する。

ところがCD取引においては、印鑑と同様の保管方法、もしくはそれより軽微な、持ち歩きを予定されているものであり、(印鑑においてもカギのないタンスの奥に保管するのが普通であり、CDは用いない時でも財布等に入っている)、ひとたび盗用されれば印鑑偽造よりはるかに確実で安全な暗証番号の解読と無機的機械操作で百パーセント預金が侵害される。これは銀行側がシステム設計し、銀行側の都合によってキャンペーン、営業ノルマを課すなどして押し付けてくるものであり、にもかかわらず保管の責任はもっぱら預金者側に負担させられ、盗用されたときの保管の不備たるイメージは印鑑以上である。このような両者の均衡を解消することなく免責特約によって容易に免責を得るのは不当であると云わざるを得ない。

尚、本件についてはシステム設計に始まりカードの作成・機密システムの管理・コンピュータハード、ソフトの構成からオンライン整備に至るまで全て銀行主導で導入し、預金者の関与なく推し進めておきながら、いまだシステムとしての危険性も多く完全でないことを銀行は知りつつもシステムが成熟するまでのリスクを一方的に社会的弱者たる預金者に押しつけるものであって、第一審・控訴審までの裁判所の姿勢は安易に大企業に迎合し、民事法体制の利益保護のバランスを失し、大企業等社会的強者をことさら保護しようとするものであり、社会正義の観点からもとても容認できるものではない。

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